○中山(成)委員
〈派閥の名称不使用〉
先週の私ども清和政策研究会の総会に、小泉元総理が六年ぶりに来られて、人生には上り坂と下り坂のほかに、「まさか」という坂があるんだと、いつものような小泉節を聞かせていただきました。
そういう意味で、福田総理、1カ月前「まさか」こういうことになるとは思ってもおられなかったと思いますが、あの厳しい過酷な選挙戦を戦われて今ここに座っておられます。福田内閣の支持率もほどほどの滑り出しです。こうして見ていますと、ずっと前からここに座っておられたような感じもしまして、国民が求めていたものはこういう安定感といいますか信頼感だったのかな、そのような思いがしています。
私は福田選対の事務局長を務めさせていただきました。選挙戦を戦うに当たって、福田候補にはできるだけ地方に行っていただこうということで、多摩ニュータウン、今はオールドタウンになっている、そこを見ていただいたり、あるいは、福島県のいわき市に行きまして、いわゆるシャッター通り、あるいは町おこしの例としてハワイアンセンター、そして限界集落や鳥獣被害を受けている農村地帯を見ていただきました。しかし、選対本部として一番神経を使ったのが、派閥の談合だとかなんだとかそういう言葉がマスコミのみならず相手陣営からも聞こえてきましたので、この派閥色を消すために腐心しました。選挙戦を通して、派閥を超えたいろいろな集まり、特に若い人たちがお話を聞きたいということで集まられた、そういうところに時間をとりました。
私どもの票読みでは、議員の票だけでも310票近く、トータルしますと380票位かなと思いましたが、結果は330票。派閥の締めつけとかそういうのはほとんど効いてない、そんな感じがいたしました。実際、派閥の実態は変わってきています。今、派閥というのは研修の場、政策を勉強する場、親睦の場あるいは選挙の応援に行くとか、そういった形になっている。親分がポストと金で締めつける、そういうものじゃなくなっています。
先週、私どもの総会で、町村会長にやめていただいて、代わりに代表世話人を3名置きまして、これからはもう町村派と言わない、清和政策研究会、略して清和研と決めました。かつて福田総理のお父上、福田赳夫総理が30年以上前に、総理になられたときに派閥解消を唱えられ、派閥の事務所もやめようと言われました。しかし、派閥はなくならず、その後も続きました。
今、派閥の運営もみんなが会費を出して、あるいはパーティー券を売って運営しているわけで、ぜひ総理、各派の会長さんたちに、もう派閥、何々派と称するのはイメージが悪いからやめようということを提唱していただきたいと思いますが、いかがですか。 |